二子塚古墳 / 備後の古代 (広島県福山市駅家町)
駅家町をうろちょろするとよく見かける、古墳への案内看板。
備後の古代史が眠る町として決まって取り上げられるのは
駅家町や神辺町など、いわゆる福山の北部に位置する町です。
以前から古墳めぐりがしたいしたいと思ってはいたものの
なかなか行くまでには至りませんでした。が、打ち合わせに行った先の
駅家町のエプロン屋さん情報によりますと、「会社のすぐそばに、古墳あるよ」とな。
これは絶好の機会!といったばかりに、帰り道、寄ってみました
「二子塚古墳 (ふたごづか こふん)」。

弥生が丘という団地の端にある公園の裏側が入口です。

辺り一帯は林というか、森というか。鳥の声が心地よく聞こえます。
< 二子塚古墳 >
・ 二子塚古墳 / 備後山陽 歴史散歩 (備陽史探訪の会 ホームページ)
この古墳の特徴は、先ず後期の前方後円墳であるということが挙げられる。同時期は全国的に前方後円墳の築造が終了する時期で、全長68メートルというこの時期の古墳としては傑出した規模とあいまって、「備後国」の成立を告げる、歴史的に極めて大きな意義をもつ古墳である。すなわち、この時期の前方後円墳は各地域の「国造」の墓と考えられており、この古墳の場合も、後の備後の中心を占めた吉備品治国造の墓と考えて間違いないものである。
< 6/19 追記 >
駅家町の二子塚古墳は、「6世紀後半の古墳」と推定されています。
(「広島県の文化財」ホームページより)

森に入って、歩いて数分とかからない場所にぽつんとある看板。
えっ、もう着いたの?

看板から少し坂を下りて振りかえると、、、おお、これですか。

んー、なんとも言えぬ感じ。あたりの静けさは相当なもので、
夕方とか夜とか、ちょっと来るのは怖いかも。まぁ、お墓ですしねぇ。

出土品やらを解説する看板がそばにあります。

出土された「双龍環頭柄頭(そうりゅうかんとうつかがしら)」。
日本に他に例を見ないとのこと。ほー・・・。

「これより先は、広島県史跡 二子塚古墳です。前方後円墳で、
墳丘・石室ともに県内で最大規模を誇ります。車が進入すると古墳がこわれます」
と書いてある入口の看板。

二子塚古墳の全体図。入口から石室までの距離を考えてみても
この地図で見る限りはちょっと途方もない大きさです。
ちなみに、「二子塚古墳」という名前の古墳は全国各地にあり、
個別の名称というよりも「塚(石室 / お墓)が二つ(双子 / 二子)ある」ので
「二子塚」、という解釈でよろしいんでしょうか? どなたか知っていたら
教えていただけると嬉しいです。
(駅家町の二子塚古墳も、「前方部横穴式石室(上記の写真)」と
「後円部横穴式石室」の二つの塚があります)

森の入口を眺めるとこんな感じ。朝の散歩コースにはぴったりですね。
空気もひんやりしていそうだし。
時間の関係で、石室より先には進めませんでしたが、今度来た時は
もう少し奥まで進んでみたいと思います。森特有の空気の良さと
静けさが、ちょっとクセになりそう。
ブルームーンカフェの尾崎店長、いつも面白い情報ありがとう!
ということで、またいろいろまわってみたいと思います!

コメント
私も知らない情報ありがとう!
これで、人にウンチクを語れますよ。ウシシ。
投稿者: ノエル | 2008年06月19日 22:39
これからは駅家をどんどん探検していこうと思っています。
また情報よろしくです! 返事遅れてごめんなさいね!
コメントありがとうございました!
投稿者: ヘイジ | 2008年06月30日 23:49